21-06-2022 · インサイト

債券アウトルック:インフレ・ゲーム

中央銀行は、経済成長よりインフレを優先するという苦境に立たされています。前回の四半期アウトルック「チェックメイト(Czech mate)に陥る」において、ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、インフレがより高い水準で持続的に推移する中で、中央銀行は厄介なジレンマに直面していると指摘しました。多くの中央銀行は経済成長の問題を脇に置いて、インフレ率を政策目標の水準まで引き下げる方針を優先しているように思われます。

    執筆者

  • Jamie Stuttard

    Head of Global Macro team and Portfolio Manager

  • Bob Stoutjesdijk

    Portfolio Manager and Strategist

  • Michiel de Bruin

    Head of Euro Sovereigns and Portfolio Manager

需要破壊のプロセスは、避け難い景気後退リスクを伴いますが、消費者物価を押し下げるために支払うべき代償であることを、ますます多くの中央銀行が受け入れています。「 インフレ・ゲーム」に勝利する覚悟を固めているようです。

3Dゲーム

もっとも、ゲームの難易度はそれぞれ異なります。FRBが、インフレ抑制というボルカー主義的な教条の下で経済成長を犠牲にするという、二次元的な課題と対峙しているのに対して、他の中央銀行にとって、問題は三次元的であるように思われます。例えばECBの場合、金融引き締めのストレスによって周縁国の債務の持続性に関する懸念が再燃して、2011~12年、2018年、2020年のような危機に陥ることがないように、金融市場の分断(fragmentation)を避けるゲームにも対応しなければなりません。

ECBは今後5週間かけて、これまで以上に債務残高の膨らんだ周縁国を再び救済するために、市場において高い効果が期待される、合法的な分断化防止ツールの策定を進めることになります。また、中国人民銀行にとっては、長引くパンデミックの問題に加えて、企業部門の債務残高が極端に膨れ上がり、この1年間で不動産市場に内在する大規模な亀裂がさらに拡大したことを受けて、(金融システム安定のために市場全体を監視する)マクロ・プルーデンスというゲームへの対応も課題となっています。一方、日本銀行は、マクロ・プルーデンス的なリスクと国債市場の流動性という、ユニークな組み合わせの問題に直面しています。現行の政策が公然と疑問視されるなど、中央銀行による市場固定化政策(今回の場合はイールドカーブ・コントロール(YCC)に基づく固定化)と市場原理の間で、伝統的なあつれきが生じています。

インフレの高進は消費者物価指数(CPI)バスケット(消費者が購入する代表的な財・サービスの組み合わせ)のさまざまな品目に広がり、広範な国において確認されています。また、ベース効果という追い風を受けながらも、前年同月比ベースでのピーク水準が依然として不透明であることから、金利の急上昇やそれに伴う市場のボラティリティが落ち着きを見せるのは、まだ先のことになりそうです。わずか1週間の間に、FRBは1994年以来最大となる利上げを実行し、スイス国立銀行は政策金利を50bp引き上げ、ECBは11年ぶりの利上げを実行するための地ならしとして、臨時理事会の開催を余儀なくされることになりました。

テーパリング(量的緩和の縮小)期間の長期化

債券市場の観点からは、上期の中心的なテーマであった「テーパリング期間」の継続を意味します。実質利回りが上昇すると同時に、クレジット・スプレッドが拡大し、米ドル高が進行するという状況です。近年の事例では、国債利回りとクレジット・スプレッドの間で正の相関関係(前者の上昇と後者の拡大)が続くのは、1~2カ月間に限定されていました(2013年5~6月のテーパー・タントラム、2015年4月のドイツ国債タントラム、2018年第4四半期の米国市場におけるクレジット・スプレッドの一時的ながら急激な拡大)。

今回のテーパリング期間は、1970年代以降に経験がないほど長い期間にわたって続いています。ロベコは2022年3月に公表した四半期アウトルック「チェックメイト(Czech mate)に陥る」の中で、「債券市場では、割高で全般に単調な地合いが1年半あまりにわたって継続し、投資機会は主にショート・サイドに限定されていましたが、ボラティリティは上昇基調にある」ことを指摘しました。ここでも、同じことが言えるでしょう。つまり、債券市場においては、ベンチマーク、パッシブ戦略、ETFのリターンが大幅なマイナスに落ち込む中で、ロング・サイドで逃避できる分野は、おそらく中国国債を除いて、ほとんど存在しないことになります。

また、ロベコの見解では、国債とクレジットをロングするタイミングについて、引き続き忍耐強く慎重に判断する必要があることを意味しています。一方、明るい材料としては、国債の表面利率は年内にも過去10年以上で最も高い水準に達する見通しであり、また、毎週のように大きな価格変動が繰り返される中で、必要な価格水準の調整(リプライシング)が進んでいるとみられます。

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FRBの標準利上げ幅が25bpから75bpに拡大

年初の段階では、FRBのドット・プロット(金利予測分布図)には、年末までに合計100bpの利上げ(25bp x 4回)しか織り込まれていませんでしたが、6月20日時点で既に150bpの利上げが実施済みであり、次回と次々回のFOMCにおいて75bpと50bpの利上げが予想される中で、9月末までにFF金利が3%に達するシナリオも十分想定されます。FF金利が2年国債利回りを上回るようになると、デュレーション・オーバーウェイトのポジションに対する現在の赤信号は、黄信号から青信号に変わる可能性があります。

景気後退入りのリスクが高まる

ロベコは3カ月前の段階で、景気後退入りの確率が上昇していると既に主張していました。現在、市場では、景気後退入りのタイミングは数年先になるとの見方が広がっているようです。時間差を伴って顕在化する金融政策の効果、経済成長の堅調さ、高水準の家計貯蓄、失業率の低さ、歴史的に確認されているイールドカーブが逆イールド化してから(NBER(全米経済研究所)の決定による)景気後退に至るまでのタイムラグの存在がその根拠です。

年初来の、そして6月初旬の市場価格の動きは、市場参加者の見解が揺れ動き始めたことを示唆しているようです。多くの市場参加者は、リスク要因と、向き合おうとしています。安価なマネーがあふれる中で、多くの投資家は長きにわたって、暗号通貨やSPAC(特別買収目的会社)、強気相場を象徴するあらゆる種類の最新の合成的商品を対象に、リターンを盲目的に追い求めてきました。そのような動きは、1920年代後半の投資信託、1990年代後半の収益性を失ったドットコム株式、2008年直前のCDO(債務担保証券)を彷彿とさせるものです。歴史を振り返るとお馴染みの光景ですが、収益性のない商品や疑問の余地が残る商品に対して、法外なバリュエーションが付されてきました。状況は変わりつつありますが、だからといって景気後退シナリオが織り込まれたわけではありません。

次の展開はインフレ・ゲーム

3月の四半期アウトルックでは、次のように指摘しました。「重要な点として、FRBには、足元のインフレ率の水準から、景気後退を生じさせることなく、適切な引き締め政策を用いて、政策目標の水準まで押し下げることに成功した実績がありません。コモディティのストラテジストは、小麦やエネルギーの価格がこの先低下する際の基本シナリオとして、既に『需要の破壊』にも言及しています。望ましくない政策版の『ツークツワンク』、すなわち、中東欧におけるイールドカーブの形状の変化や、景気後退を生じさせずにインフレを抑制する、という歴史的に難易度の高い離れ業を行う必要性に直面する、FRBのパウエル議長やイングランド銀行のベイリー総裁は、チェックメイト(Czech mate)の状態、すなわち万策尽きた状態に陥ったのかもしれません。」

そして6月に入って、ロベコの主張は証明されました。FRBやイングランド銀行を始めとして、経済成長を死守するゲームにおいて負けを認めた中央銀行は、増加傾向にあります。経済成長を犠牲にする一方で、副次的な影響やインフレ期待をコントロールすることが、現在の優先課題となっています。2022年における次の展開はインフレ・ゲームになるでしょう。

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