前回の四半期アウトルック「マルチプル・シグマ・イベントの再来」の中で、複数の標準偏差(σ:シグマ)で表されるような極端に発生確率の低いイベントが、債券市場に再来したと指摘しましたが、その傾向は今年に入ってさらに強まっています。年初来、米国の2年物国債利回りは140bp以上上昇し、ユーロのスワップ・スプレッドは欧州債務危機時の水準まで近づき、中国のオフショア・ハイイールド債市場ではオプション調整後スプレッド(OAS)が3,000bpを上回るようになりました。債券市場では、割高で全般に単調な地合いが1年半あまりにわたって継続しましたが、主にショート・サイドに限定されていた投資機会が復活しつつあります。
前回の四半期アウトルックでは、市場参加者が見逃している可能性のある今年のテーマとして、中国の不動産セクターにおける信用力の幅広い悪化、新型コロナウイルスの動向、地政学リスク、という3つのテーマを挙げました。具体的には、「ポーランドの主権問題、ベラルーシの地政学リスク、ロシアとウクライナの緊張関係・・・といったEU東部に存在する幅広い火種」の存在を指摘しました。第2四半期入りを控えて、3つのテーマはいずれも残存していますが、新型コロナウイルスに関しては中国が注目されるようになり、また、全世界の注目は地政学リスクに集中しています。
第2四半期を展望する上で、いくつかの不確実性を認識する必要があります。原油価格が1バレル=80ドル台で取引されるシナリオも、同130ドルを上回るシナリオも、共に想定されますが、いずれの水準もここ30日間に実際に見られたものです。また、EUにおいて、エネルギー政策と防衛政策に関する財政面での対応がどの程度の規模となり、どの程度協調的に行われるのかも、不透明な状況です(財政構造が揺らぐことも考えられますが、2020年にも確認されたように、ユーロ圏の連邦主義的な政治家は危機時において、構造的に団結した対応をとる傾向があります)。
ロシアが国際金融システムから遮断されることによる影響の全容はまだ明らかになっていません。ロシア政府が次にどのような軍事的計算を行うのかを読み解く作業は学術的な研究者に任せるとして、今後の決定は経済への長期的な下押し要因となる可能性があります。
景気後退の問題
ロシアがウクライナに侵攻する前の段階から、インフレは既に高進しており、ECBを含めて中央銀行はタカ派的なスタンスを強めるとの見方が、市場には織り込まれていました。参考までに、米国の2年物国債利回りは2021年12月31日時点では0.73%でしたが、その後2.15%を上回る水準へと上昇しています。ロシアによる軍事侵攻が始まって以来、原油価格は1バレル=100ドルを大幅に超える水準へと上昇し、米国債のイールドカーブはさらに急激にフラットニングしています。その結果、世界中のエコノミストはインフレの予想水準を切り上げ、高止まりする期間の予想を延長し、経済成長見通しを下方修正しました。
たとえばFRBの場合、2022年の経済成長見通しを4%から2.8%に引き下げる一方で、インフレ見通しに関しては、その裏返しであるかのように、2.6%から4.3%へと大幅に上方修正しています。昨年末の段階では、トレンド(趨勢)を大幅に上回る経済成長が想定されていました。実際、2.8%という水準は2008年以降のトレンド成長率と比べても遜色なく、経済活動再開の影響や受注残高の存在について考慮すると、ロシア・ウクライナ間の軍事衝突が早期に解決されれば、トレンドをわずかに上回る成長が実現する余地も残されています。その一方で、金融市場にはこの種のショックが影響する期間を過小評価する傾向があり、明確なリスクが高まりつつあることについても留意しています。議論のテーマは、中期的に景気後退に陥る可能性に素早く移行しています。シニア・エコノミストの多くが、この先1~2年の間に景気後退入りすると予想していることにも留意しています。
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政策対応と・・・
足元で中央銀行が直面している経済成長とインフレのミックス(組み合わせ)は、1990年代の「高成長・低インフレ」のパラダイムとは正反対になります。当時は、ロシアと東欧諸国が西欧の金融経済ネットワークに回帰することが、歓迎されていました。これに対して現在では、インフレが中央銀行の政策目標を超えて急上昇する中で、どの中央銀行がどの程度、どのタイミングで金融を引き締めるのかに、注目が集まっています。
チェスの世界には「ツークツワンク(zugzwang)」という用語があり、パスができないルールから生じる、自らにとって深刻、場合によって決定的な不利益となる手を指さざるを得ない状況を意味します。金融政策を引き締めない限り高水準のインフレ期待が定着してしまい、政策目標からの大幅な逸脱や望ましくない上昇スパイラルにつながるおそれがあると、中央銀行は考えています。その一方で、過度に引き締めれば景気後退入りのリスクが浮上します。昨年、FRBが「テーパリング(量的緩和の縮小)」の判断を先送りしたことによって、テーパリング、利上げ、バランスシート縮小という3つの引き締め政策が今年度に持ち越されたことを忘れてはなりません。これらの政策は、足元でコモディティ価格が急騰する前の段階から、予定されていたことでした。
・・・イールドカーブの逆イールド化
債券市場の観点からは、ロベコが過去9カ月間にわたって頻繁に指摘してきた、イールドカーブのフラットニングが継続することを意味します。そのペースは急激であり、米国債利回りの2年/10年のスプレッドは足元で20bpを下回り、80bpを超えていた年初の水準の4分の1以下に縮小しています。この先の展開を理解するには、まずはチェコ(Czech)の状況を確認することをお勧めします。平時であれば、チェコの現地債券市場におけるイールドカーブの動向が、グローバル債券投資家のモニタリング・リストの上位に位置することはほとんどありません。しかし今回のサイクルにおいて、真っ先に逆イールド(長短金利の逆転)に転じたのはチェコ市場でした。中東欧(CEE)の中央銀行は、先進諸国と同様のインフレ圧力に対応するために、政策金利を積極的に引き上げています。チェコの国債市場では、中立的な金利水準(あるいは自然利子率)に関する市場の想定が、既に実行された利上げと近い将来の追加利上げ見通しによって修正を余儀なくされたため、イールドカーブが逆イールド化しています。
この状況に注目すべき理由として、その後、チェコ市場におけるトレンドが、ポーランドの債券市場、韓国のスワップ市場、英国のSONIA(ポンド翌日物平均金利)などに、幅広く波及したことが挙げられます。米国債の12カ月先のイールドカーブは、ほとんどの年限が2.60%近辺で取引されるなど、ほぼ完全にフラットな形状に変化しています。実際、イールドカーブ上で1年先の1年債のフォワード・レートが最も高い水準にあるなど、フォワード・カーブの逆イールド化は既に始まっています。
イールドカーブがフラットニング、あるいは逆イールド化したからといって、必ずしも景気後退につながるわけではありません(例えば新興国市場で危機が発生した1994年と1998年には、先進国市場は景気後退を免れています)。また、時間差を伴うことも多く、民間セクターにおいて実際の借り入れコストが大きく上昇していない場合には特に、逆イールド化した後、しばらく経ってから景気後退入りすることもあります。
また、自然利子率が低い市場においては、逆イールド化を伴わずに景気後退入りすることも、数学的には十分考えられます。例えば日本経済の場合、イールドカーブが最後に逆イールド化してから景気後退を7回経験しており、また、ドイツでも同様のケースを3回経験しています。つまり、逆イールド化は景気後退の十分な前提条件でもなければ、景気後退を自動的に引き起こすものでもありません。そうは言っても、イールドカーブの変動事例(およびその際のロジック)を無視するべきではありません。
重要な点として、FRBには、足元のインフレ率の水準から、景気後退を生じさせることなく、適切な引き締め政策を用いて、政策目標の水準まで押し下げることに成功した実績がありません。コモディティのストラテジストは、小麦やエネルギーの価格がこの先低下する際の基本シナリオとして、既に「需要の破壊」にも言及しています。望ましくない政策版の「ツークツワンク」、すなわち、中東欧におけるイールドカーブの形状の変化や、景気後退を生じさせずにインフレを抑制するという歴史的に難易度の高い離れ業を行う必要性に直面するFRBのパウエル議長やイングランド銀行のベイリー総裁は、チェックメイト(Czech mate)の状態、すなわち万策尽きた状態に陥ったのかもしれません。
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